被告(国および税関)側の1993年(平成5年)11月8日付準備書面(1)の要旨
第一 輸入通関手続の概要(略)
第二 税関規制が憲法21条2項前段の「検閲」に該当するとの主張について
- 通関手続は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を図るため、貨物の輸出入の際に必要な規制等を行う手続である(関税法1条)。この手続は、必要な規制等の権限が最終的に税関という一つの行政機関に集約されているという意味において一元的であり、あらゆる種類の輸出入貨物がその対象となるという意味において包括的である。
したがって、我が国に輸入される貨物は、すべて通関手続を経なければならず、その過程で必要な税関検査を受ける(関税法67条、76条)。この税関検査は、主として関税等の徴収を目的として、申告納税方式により関税を課する貨物にあっては、納税申告に係る課税標準、税額等が適正であるかどうかを確認するために、賦課課税方式により関税を課する貨物にあっては、関税賦課の基礎となるべき課税標準又は税率を決定するために、輸入貨物の外観、性状等の物理的状態、数量、価格等の検査を行うのであって、貨物自体に思想内容等の表現を含み得るかどうか、あるいは、その思想内容等の表現が好ましいかどうかといったこととは全く無関係に行われるものである。したがって、税関規制は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を目的とする手続であって、我が国にとって好ましくないと考えられる思想内容等の流入の抑制を目的とする制度ではない。
- 右に見たように、税関規制は関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を目的とする手続であり、このことは書籍、図画、彫刻物等の思想内容等の表現を含み得る貨物に関しても異なるところはない。そして、注意すべきことは、関税定率法21条1項3号は貨物に含まれる思想内容等の表現を基準として輸入禁制品を定めているものではないということである。書籍、図画、彫刻物等の物品も、物品であるからには、その内容が思想内容等を表現するものかどうかということとは別に、危険な物、わいせつな物であるなど物品としての性状を有する。この両者の区別は、観念的なものではなく、実際に可能であり、現実の社会生活においても両者の区別は意識的、無意識的にされている。例えば、世界平和に関するある思想を表現した彫刻物は、思想内容の表現物であるといえるが、他面、その材質、形状、手触り等物品自体の性状に着目するときは、その彫刻物をそれによって表現しようとする思想内容から切り離された1個の物品としてとらえることが可能であり、その彫刻物が不安定な形状をしているため観覧者等に危険があるという場合、それに対して何らかの措置を採らざるを得ないが、それはその彫刻物を1個の物品としてとらえるところからされる措置である。この場合、その措置をもって思想内容等の表現に対する制約であるとして非難する者はいないであろう。同様に、例えば、わいせつ物たる書籍等についても、書籍等に含まれている思想内容等と、それとは切り離された1個の物品の性状としてのわいせつ性とを区別して考えることができるのであって、このことは、芸術性・思想性とわいせつ性とは、次元を異にする評価であるとする一連の最高裁判決(最高裁昭和32年3月22日大法廷判決・刑集11巻3号997ページ、同昭和44年10月15日大法廷判決・判例時報569号3ページ)の説示と軌を一にするものである。
第三 関税定率法21条1項3号の規定にいう「公安又は風俗を害すべき」との文言は不明確であり、右規定は、表現の自由を保障する憲法21条1項に違反し、文面上無効であるとの主張について
原告は、関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき」との文言については、これを「猥褻な書籍、図画等」と解するとしても(前掲最高裁昭和59年12月12日大法廷判決)、その「猥褻」が何を意味するのかも不明確であるから、右規定は、不明確の故に、憲法21条1項に反し、文面上無効と解すべきであるから、右規定を根拠として行われた本件通知も当然に違憲・違法であると主張する。しかし、そもそも関税定率法21条1項3号が制限している輸入行為は憲法21条1項が保障の対象とする「表現」に該当することはないし、また、関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき」との文言は不明確であるとはいえないから、右規定が憲法21条1項に違反することはない。
第4 関税定率法21条1項3号が、単なる所持目的である場合を含めて一律に「風俗を害すべき書籍」等の輸入を禁止しているのは、憲法21条1項に違反し、文面上無効であるとの主張について
一
- (略)
- 通関手続においては何らの規制も行わず、輸入禁制品輸入罪や刑法の罰則のみによってわいせつ物品の輸入の阻止を図ることとしたならば、その実効性が乏しくなることは明らかである。このことは、3号物品について年間七千件を超える該当通知がされており、数量的な面からしてそのすべてに刑事手続を開始することは実際上不可能であるということからもいえるのであるが、そもそも刑事手続によってはわいせつ物品の輸入阻止の目的は十分に達成され得ないのである。すなわち、外国において製作されたわいせつ物品については、それが外国にある限り、我が国の刑事手続が及ばないことから押収・没収の対象とはなし得ず、我が国への流入の禍根を絶つことはできないし、わいせつ物品の輸入が行われた後においては、その輸入を捜査機関が確知し、刑事手続を開始する場合には、既に実害が生じていることが多く、しかも輸入者を究明することも通常困難であろうことは想像に難くないからである。更に、現時輸入されようとしているわいせつ物品の多くが外国のいわゆるポルノ雑誌等であることを考えると、もし現行の税関規制を行い得ないとするならば、わいせつ物の頒布等を禁止した刑法175条の規定は実効性を著しく減殺されるであろう。例えば、我が国民がわいせつ書籍の版元を外国に置き、国内からの注文に応じて当該物品を注文者の手元にいわゆるダイレクトメールの形で送るといった行為は刑法175条にいうわいせつ文書の頒布販売に該当する(このような行為は刑法1条の国内犯に当たると解される。)が、このような態様の行為について刑法175条による処罰を現実に行い得る事例は、証拠の収集保全等の観点から極めて限定されたものとなるであろうからである。一方、通関手続は規制権限が最終的に税関という1つの行政機関に集約されているという意味において一元的であり、あらゆる種類の輸入貨物がその対象となるという意味において包括的であって、外国にあるわいせつ物品が我が国に輸入される場合は、純然たる密輸入を除けばすべて税関を経由するのであるから、税関においてわいせつ物品を発見し、その国内への流入を阻止することは、わいせつ物品の輸入阻止の面で実効性があり、我が国における善良の風俗の維持という目的を達成するために極めて有効な手段であるといわなければならない。したがって、実効性の点においても、税関規制は制度として合理性を有するものであることは明らかである。
- わいせつ物品について、その国内における流布を阻止することが性的秩序を守り健全な性的風俗を維持するために必要であることは多言を要さず、税関規制は社会的必要性に基づくものであることは明らかである。
二 税関検査における一律規制の合理性、必要性
- 外国からの大量流入とその迅速な流布・拡散性
わいせつ表現物の規制に関する法制は、各国において異なっているが、最近の実情としては、一般的には、わいせつ表現物を国外(主として欧米諸国)において入手することは比較的容易であることがうかがわれる。特に、近時、年間1000万人以上(平成4年において約1180万人)の国民が海外旅行をし、400万人近い(平成4年において約393万人)外国人が我が国に入国する実情にあるから、個人的に鑑賞のための単なる所持を目的とする輸入を禁止することができないとすれば、海外からの旅行者・入国者の手により、あるいは、一般貨物又は郵便物によって、わいせつ表現物が常時大量に国内に流入することとなるのは必至である。
さらに、いったん国内に流入したわいせつ表現物が、その所持目的を変えて頒布・販売の過程に置かれることも十分予想される上、最近における表現及びその受容の手段、あるいは表現物複製の技術の著しい進歩やそのための機器の普及に伴い、この種のわいせつ表現物がいったん国内に流入するときは、当該わいせつ表現物ばかりでなく、廉価で精巧な複製物が、たやすく流布、拡散しあるいは公然たる展観に至る蓋然性は極めて高い。
また、個人的に鑑賞するための単なる所持を目的として輸入されたわいせつ表現物が、その後頒布、販売等の違法行為に使用された後、かかる違法行為を捕捉することは困難であることも考えられ、輸入の時点で規制することは、外国のわいせつ表現物が国内へ流入するのを、通関線つまり水際で阻止する税関行政上の合理性、必要性に基づくものである。
- 税関検査において輸入目的を判定することの困難性
税関検査は、既に述べたとおり、関税徴収を主たる目的とする貨物検査の性格上、元来貨物の外観、性状等の物理的状態に着目して即物的な検査を行うものであるが、個人的鑑賞のための単なる所持を目的とするものであるか否かについては、外観、性状、数量等によって判断することは困難であって、本人の申告を基本とせざるを得ず、そうであれば、輸入物品が輸入後一般人に頒布等されるかどうか等は輸入者の内心的な意思、輸入者の性向にかかわることであり、税関においてはこれらの事項について探知するための権限も機能も与えられていないのである。
また、大量の貨物検査(関税定率法21条1項3号掲記のわいせつ表現物該当通知の年間件数は、全国で、平成3年7477件、平成4年7286件)を迅速に実施しなければならない実情にあることから、検査の場において、個人的鑑賞のための単なる所持を目的とする輸入であるか否かを即時に判断することは極めて困難であり、かかる判断を求めることは不可鰭を強いるに等しいものである。個人的鑑賞のための単なる所持を目的とする場合は、輸入が許可されるというのであれば、頒布、販売等の目的であるのに単純所持目的である旨偽って輸入する事犯が誘発されるおそれも少なくないであろう。
第五 本件物件は関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき」物品に該当しないとの主張について
- 刑法174条、175条にいうわいせつとは、いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性約羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反するものをいう(最高裁昭和26年5月10日第1小法廷判決・刑集5巻6号1026ページ、前掲最高裁昭和32年3月22日大法廷判決)。わいせつ性と芸術性・思想性とは、次元を異にする評価であり(前掲最高裁昭和32年3月22日大法廷判決、同昭和44年10月15日大法廷判決)、また、わいせつ性の存否は、純客観的に、つまり、仮に「作品」と呼べる性格の物品である場合であっても、作品自体からして判断されなければならず、作者の主観的意図によつて影響されるべきものではない(前掲最高裁昭和32年3月22日大法廷判決)。右のわいせつ性の要件は、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき」物品該当性の判断要素であるわいせつ性具備の要件としても妥当するものである(前掲最高裁昭和59年12月12日大法廷判決等)。そして、右要件の有無を判断する際の基準は一般社会において行われている良識すなわち社会通念であり、この社会通念は個々人の認識の平均値ではなく、これを超えた集団意識であって、このような社会通念がいかなるものかの判断は、現制度の下においては裁判官に委ねられているのである(前掲最高裁昭和32年3月22日大法廷判決)。
したがって、右の社会通念がいかなるものであるかは、これまでに集積された判例を検討することによって明らかにされるものであるが、露出した性器・陰毛を表現した写真は、まぎれもなくわいせつ性があると判断されている(東京高裁昭和56年12月24日判決、札幌高裁昭和57年7月19日判決)。
そして、これらの判断は、いずれも控訴審・上告審の判決において、正当として是認されているのである。
本件物件は、いずれも露出した男性の性器・女性の陰毛を露骨に表現した写真が多数掲載されており、これらの写真は社会通念に照らし、明らかにわいせつ性を有するといえるものであるところ、本件物件は1冊の書籍として編綴されて一体をなしているのであるから、書籍そのものが全体としてわいせつ性を有するものといわざるを得ないのである。したがつて、本件物件は、関税定率法21条1項3号に該当するわいせつ物品である。
第六 以上のとおり、原告の主張はいずれも失当であって理由がなく、本件請求は速やかに棄却されるのが相当である。
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