伯耆大山山行報告

コアラです。

中国地方最高峰で、同地方唯一の百名山である大山に登ってきました。
百名山としては43座目になります。その報告をします。

●11月18日(土)
18日土曜日は、鳥取市内でレンタカーを借りて、大山方面に向かいました。
お昼過ぎには三朝温泉に寄って、有名な河川風呂に入ってきました。



それから、後醍醐天皇が建武の中興の時、
流された隠岐から抜け出して伯耆の国の守護、
名和氏に守られて立てこもった船上山に登りました。
夕方4時位から登り始めたので、山頂に着く頃には暗くなってしまい、
その様な中森林の奥の神社を巡るのは不気味である。
下山時にはヘッドライトを付けたが、結構浮き石が多く、
土の斜面は滑り易かったので、注意して慎重に下りた。
その日の夜は、大川寺にある大山館に泊まりました。
客は私1人で、夜はジンギスカンの食べ放題でした。
満腹になるまで食って、美味しかったです。
でも、1人でジンギスカン食べるって、ちょっとむなしいかな?

●大山登頂 11月19日(日)

鳥取県西部地震の影響で、夏山登山道以外は通行止めになっていたので、
夏山登山道を往復しました。

標準コースタイム:夏道登山口(2時間)5合目(1時間30分)弥山山頂(1
時間)5合目(1時間20分)夏道登山口

コアラのコースタイム
登り 登山口(7:50)−1合目(8:05)−2合目(8:20)
−3合目(8:30)−4合目(8:40〜45)−5合目(8:55)
−6合目避難小屋(9:05〜15)−7合目(9:25)
−8合目(9:40〜45)−弥山山頂(10:05)

下り 弥山山頂(11:00)−9合目(11:10)−8合目(11:20)
−7合目(11:35)−6合目避難小屋(11:40〜12:05)
−5合目(12:15)−4合目(12:22)−3合目(12:30)
−2合目(12:40)−1合目(12:50)−登山口(13:00)

こんなにコースタイムが細かいのは、各合目の標識があったため、
つい時間をチェックしてしまった結果です。

◎登山口
登山口周辺は往時の寺院跡が石垣となって残されており、当時の栄華が忍ばれる。
志賀直哉が暗夜行路を書くために逗留した蓮浄院という寺院(宿坊)があったが、
朽ち果てた廃屋となっていた。
1合目目では石垣の中の階段となっており、
石垣跡の何ヶ所かに寺院や会社の保養施設が数軒ある。
1合目から山道となる。

◎3合目から5合目(素晴らしいブナ林)
ずっと樹林帯の中であるが、ブナ林が素晴らしい。
3合目あたりから5合目にかけてが、登りが最もきつくなるところであるが、
その付近が最もブナの原生林が素晴らしいところである。
残念なことに、ブナの黄葉は既に終わっており、
葉の落ちたブナの大木が続く、冬のブナ林である。
コアラは、昨年の三頭山はブナの葉はもう落ちていたし、
今年の5月の丹沢檜洞丸は、
ブナの新緑狙いであったが山頂付近はまだ芽吹いたばかりであったし、
10月の手白沢温泉は、ブナはまだ黄葉していなかったりと、
ここのところブナとの相性は今一の感がある。
でも、霧の中の冬枯れのブナ林も幻想的で素晴らしい。
大山は西日本最大のブナ林だそうだ。
コアラは専門外なので良くは分からないが、
大山は日本海型のブナ林と太平洋型のブナ林の両方が存在している、
植生的に珍しい地域らしい。

◎6合目から8合目
6合目に避難小屋があり、ここでしばらく休憩、ベンチに腰掛けて休む。
ここから上は灌木林となっており、振り返ると展望が効く。
大山北壁の圧倒的迫力で迫ってくる。
下をのぞき込むと、
砂防工事の現場やコアラが泊まった大山寺周辺の集落が望める。
下山時にはもっと見晴らしが良くなって日本海まで見えたし、
西の方に目を転じれば、
米子の街と弓ヶ浜の曲線美の海岸線が絵画のようであった。
この辺りから上は、霧氷になっていて素晴らしい景観である。
登山道にも雪が所々残っている。

◎8合目から
緩斜面となりダイセンキャラボクの純林で埋まる。
ここからは木道になるが、雪が積もっているために、滑ること滑ること。
しかも、木道が平らでなく傾斜している。
また、木道の位置が高い(ダイセンキャラボクの高さくらいある)ため、
滑って転んだら大事である。
というわけで、かなり慎重に歩いてしまい、
8合目からはかなり時間がかかってしまった。
私の後に列が出来てしまい、所々で先に行ってもらうのであるが、
木道が狭いためにうまくいかない。周りを見ていると、
私と同じくらい慎重に歩いている人もいるが(中高年が多い)、
さっさと歩いている人もいる。
靴には違いが認められないので、歩き方にこつがあるのであろうか?
コアラは夏に靴を替えてから、転びやすくなって困っている。
どうでも良いようなところでよく転びそうになる
(実際に転んだことは余り無いが)し、
いかにも滑りそうな所では、本当につるつる滑るので困りものである。
登りはまだ良いが、下りには本当に大変そうである。
結果としては、下山時には気温が上がったため、凍結箇所が少なくなり、
注意して歩いたらどうにか下山は出来たのであるが。

◎山頂
弥山の山頂に着いた。標高は1711m。
大山の最高峰は剣が峰の1729mであるが、
ここは崩壊が激しく、登山禁止になっている。
そのため、三角点のある弥山が山頂扱いになっているようである。
現在では三角点のある弥山から最高峰の剣が峰までの縦走は、禁止されています。
コアラが見た限りでも、かなり危険か感じがしました。
それなりの装備を持って行けば大丈夫かもしれない
と言う判断もあるかもしれませんが、
大山は地形学的に生きている山(土砂移動の視点で)であり、
安定な岸壁を上るようにテクニックさえあれば安全というものではなく、
どんなベテランでも土砂の移動過程に遭遇したら、
助からないのでは、と感じさせる山でした。
どんどん標高が低くなっている山でしょうね。



1時間ほど山頂にいましたが、
ガスの流れが速く、霧に覆われたり、
ガスが流され弥山の先の剣ヶ峰や天狗ヶ峰の稜線が見えたりと、
めまぐるしく変わりました。
とはいっても、周辺の山々までは展望が効きませんでした。
ガスがでると、すぐ近くの山頂避難小屋でも見えなくなります。
しかも風も強く、外にいると大変寒いです。
その様な中、展望が良くなるまで待っていましたが。
避難小屋には売店があり、そこで簡単な飲食やおみやげは買えます。
コアラは寒かったので、コーヒーを飲んで暖を取りました。
さすがに百名山だけあって、冬の時期なのに結構登山者はいました。
小屋は寝具持参であれば泊まれるのですが、
簡単な毛布等は用意されていました。

◎三角点
ところで、弥山から先は立入禁止になっており、
その先の三角点には原則的に行けません。
でも、登山道としてはそれほど危険な感じではないので、
三角点マニアのコアラとしては、自己責任で三角点まで行ってみました。
他にも沢山の方が三角点までは行っていたので、まあイイかと思ったのですが。
三角点は、先日の鳥取西部地震で崩壊して下に落ちてしまったので、
新しく設置し直したものです。
そこで記念写真を撮りました。



弥山から三角点までの道は、大した道ではないのですが、
所々二重山稜的になっており、その部分の根は無い感じでした。
すなわち、今回の地震によりクラックが発達したものと思われ、
1m弱くらいずり落ちている感じです。
従って、客観的にみて危険な状態であり、
立入禁止は当然の措置だなと感じました。
これも、大山が低下する地形発達史の一過程なのでしょう。

(注意)三角点は弥山にあるのですが、
正確には山頂の少し剣ヶ峰寄りにあるのです。
従来は三角点までは行けて、その先が通行止めだったのですが、
今回の地震で弥山頂上から先が立入禁止で、
三角点まで行けなくなっていたのです。

●下山後
下山後、大山館で一風呂入れてもらう。
温泉ではないが、汗を流してさっぱりする。
その後、1時間くらいの時間をかけ、観光する。
大山寺と大神山神社を見学する。
この辺りは、まさに観光地である。神仏混淆時代の栄華が伺いしれる。

●帰りのドライブ
帰りは、大山の南壁を見ようと、遠回りでしたが南側に迂回して帰りました。
コースは、大山寺−桝水高原(この方向から見る大山は富士山型で整った形である)
−鍵掛峠(ここから南壁を見る)−鏡ヶ成(国民休暇村があり、自然保護憲章発祥の地だけあって景観が素晴らしい)
−地蔵峠−倉吉(ここでちょっと休憩して、蔵の街を散策する)−東郷池−鳥取空港
倉吉で5時ちょっと前くらいで、かなり暗くなっていました。
18:50発の飛行機でしたが、18時頃無事空港に着きました。

大山もなかなか奥の深い山である。
今度来たときには、蒜山などの東の方の山々や、
大山の麓の小さな山々にも登ってみたいものである。